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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18800号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  事案の概要

本件は、原告が、被告の発行した新聞の掲載記事によりその名誉を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する記事掲載日である昭和六〇年九月一八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  訴訟法上の問題点

1 本件口頭弁論期日は、平成七年一一月二二日、同年一二月二〇日及び平成八年五月八日にそれぞれ指定されたが、原告及び被告は、適式の呼出しを受けたにもかかわらず(但し、平成七年一二月二〇日の期日については、被告の呼び出しは未了)、右口頭弁論期日にいずれも出頭しなかった。

2 ところで、原告は、東京拘置所に未決勾留中の刑事被告人であるところ、東京拘置所は未決勾留中の刑事被告人が民事訴訟の当事者となっている場合に、当該被告人の口頭弁論期日の出頭について、本件尋問や証人尋問等証拠調べが予定されている期日や和解期日に限って出頭を許可し、弁論のみが予定されている期日については出頭を許可しない扱いであるため、前記期日毎に東京拘置所に出廷願を提出し、訴訟追行の意思を有していたにもかかわらず、本件口頭弁論各期日に出席できなかったことは、当裁判所に顕著である。

他方、被告は、前記1のとおり、期日への不出頭を重ね(被告は、変更された平成八年三月二七日の第三回口頭弁論期日呼出状の送達を受けたが、同年五月八日に変更されたとの期日呼出状を受領しないまま、同年三月二七日の口頭弁論期日について当裁判所に何らの照会もしなかった)、第一回口頭弁論期日前に、後記の本件記事が被告発行の新聞に掲載されている事実を認め、簡単な認否のみ記載した答弁書を提出したのみで、その後、何らの準備書面や書証の提出も、不出頭の連絡もしないことから、訴訟追行の意思を欠くことは明らかである。

3 かような場合、裁判所が職権で次回期日を繰り返し指定したとしても、当事者双方の不出頭という事態が続くことは想像に難くなく、かかる事態を放置することは、訴訟追行意思のある原告の裁判を受ける権利に鑑みて相当ではない。

4 民事訴訟法一三八条は、直接的には、最初の口頭弁論期日に当事者の一方が欠席した場合に、訴訟の進行を図る目的から口頭主義の例外として、その者の提出した訴状、答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものと擬制する規定であるが、本件のように当事者双方が欠席した場合であっても、右2の事情のもとでは同法二三八条の適用はなく、同法一三八条を適用して右書面に記載した事実を陳述したものと擬制することができると解するべきである。

5 したがって、本件においては、民事訴訟法一三八条を適用して、平成八年五月八日の本件口頭弁論期日において、原告提出の訴状及び被告提出の答弁書をそれぞれ陳述したものとみなすこととする。

二  争いのない事実及び裁判所に顕著な事実

1 原告は、現在刑事被告人の立場にあるが、一貫して無実を主張している。他方、被告は、日刊新聞等の発行等を目的とする会社であって、昭和六〇年九月当時、京阪神方面において、日刊紙「関西新聞」を定期的に発行していた。

2 被告は、右「関西新聞」の昭和六〇年九月一八日付け紙面に、「甲野 資金調達 殺害計画」、「火の車だった乙山」、「給料遅配もたびたび」等の見出しを付けた別紙内容の記事(以下「本件記事」という)を掲載した。

三  争点

1 名誉毀損の成否

(原告の主張)

本件記事は、一般読者に対し、原告の経営する「乙山」の経営状態が従業員の給料の遅配に至るほど火の車であったことから、原告が、原告の妻であった甲野花子(以下「花子」という)を殺害することで得る生命保険金で資金を調達しようと計画していたと認識させるか、少なくともそのような印象を強烈に与え、原告の社会的評価を著しく低下させたものである。したがって、本件記事の掲載、頒布は原告に対する名誉侵害の不法行為にあたる。

2 損害額

(原告の主張)

本件記事により原告が被った多大の精神的苦痛に対する慰謝料は、金一〇〇万円を下ることはない。

第二  争点に対する判断

一  争点1について

(一) 新聞が、確定裁判を経ない他人の犯罪容疑に関する記事を掲載しようとする場合には、その者の名誉を不当に侵害することのないよう細心の注意を図り、その者が犯人であると断定したり、犯人であるとの印象を強烈に与える記述をすることは許されないというべきところ、前記争いのない事実及び裁判所に顕著な事実によれば、被告は、その発行する昭和六〇年九月一八日付けの日刊紙「関西新聞」に、原告や花子等の写真を載せ、「甲野 資金調達 殺害計画」と断定的表現による大見出しのもと、「火の車だった乙山」、「花子さんの保険金目当て」等の見出しを付けたうえ、リード部分には「ロス疑惑の一つ「花子さん殴打事件」は、甲野太郎(三八)が経営していた輸入雑貨販売会社の不振を一挙に打開するために仕組まれた、保険金目当ての殺害計画であった疑いが濃くなった。」との記述をし、本文記事においても、原告の経営する乙山について「実のところ月々の商売をやっていくのが精いっぱいで、給料遅配もたびたびあった」、「東京・渋谷の「丙川」内に支店を出すため、約一千万円の投資をし、経営資金がひっ迫していたとの証言もある」等と記載した本件記事を掲載したことが認められる。このような写真及び記事等を総合的に評価すれば、本件記事が、一般読者に対し、原告が経営不振を打開するために保険金目当てで花子殺害を実行したとの印象を強烈に与えるものであることは明らかである。

確かに、本件記事掲載当時、原告が、花子をロスアンゼルス内のホテルで殴打した事件(以下「殴打事件」という)の被疑者として殺人未遂容疑で勾留中であったことは裁判所に顕著な事実であり、本件記事は右殺人未遂容疑に関連するものではあるが、原告が経営不振を打開するために花子の保険金目当てで殺害を計画し殴打事件を起こしたとの印象を、一般読者に対し、強烈に与えるような内容の本件記事は、原告の社会的評価を更に低下させ、原告の名誉を著しく毀損したというべきである。

(二) 他方、被告は、日刊新聞を発行するものとしてその責任が問われているのに、本件記事が真実であること又は本件記事が真実であると信ずるについて相当の理由があったことについて、何ら具体的な主張立証をしない。

(三) そうすると、被告による本件記事の掲載及び頒布は原告に対する名誉毀損に当たり、被告は、不法行為責任を負うものといわざるを得ない。

二  争点2について

右に認定した事実に加え、本件記事を掲載した「関西新聞」は、当時、京阪神地方で定期的に発行されていた日刊紙であり、本件記事の内容、特に見出しが、原告が保険金殺人という極めて悪質な犯罪を犯したとの印象を強く与えるものであることを考慮すると、原告が本件記事の掲載及び頒布により名誉を毀損されて受けた精神的苦痛を慰謝するには金三〇万円の支払をもってするのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金三〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六〇年九月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋光雄)

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